目 次 |
1 治療・援助チームをつくろう 2 自分の目標を立てよう 3 効果的な薬の使い方 (1) 薬の作用 (2) 薬のメリット (3) 薬のデメリット (4) 規則的な服薬のために 4 たばこやアルコールに頼らないために (1) 日常生活と嗜好品 (2) たばこをめぐる問題 (3) アルコールをめぐる問題 (4) 家庭でできること 5 アクティヴリスニング(積極的傾聴)−聴き上手になるために− 6 問題解決と目標の達成 7 自分の気持ちを上手に伝えよう (1) 感謝の気持ちの伝え方 (2) 上手な頼み方 (3) いやな気分を軽くするために 8 不快な体験に上手に対処するために (1) 問題の分析 (2) 対処機能を強化しよう (3) 持続する幻聴への対処法 (4) 持続する強迫観念・妄想への対処法 9 早期警告サイン−再発を防ぐために− 10 危機介入 (1) 再発の危機−早期発見と予防 (2) 集中的な治療について 11 活動性を高める (1) 毎日の行動記録をつける (2) 毎日の計画を立てる (3) 仕事への動機づけ (4) 趣味をもとう |
はじめに |
本書は、精神疾患によるさまざまな障害からの回復を目指すために、精神疾患を持つご本人や家族、また精神保健福祉の専門家を含めた援助者の方たちが、その方法を正しくかつ効率よく習得できることを目指して書かれた治療技法の手引きです。 近年、わが国における精神障害の治療過程においても、生活技能訓練(SST)をはじめとする認知行動療法がさまざまな施設で取り入れられ、広く普及してきています。他にも、心理教育や家族教育、家族療法、ケース・マネージメントの導入など新たな方法論が開発・紹介されてきています。また生活支援センターや援護寮、グループ・ホームなどの社会復帰をめざす資源や、それを支える訪問看護なども広がりをみせています。 これに新しい抗精神病薬の導入が加わり、精神科の治療といえば精神病院での入院治療が中心であった時代は過ぎ去り、本邦においても本格的な地域中心型の精神医療を展開する個々の準備が次第に整いつつあるように思われます。臨床研究の第一線でも、これまで盛んになされてきた社会復帰についての研究に加えて、最近では地域の中での発病早期からの適切な治療や発病予防的なアプローチも盛んに研究されるようになってきました。身近な精神障害を重症化、慢性化させないことに具体的な努力と関心が払われるようになってきたと言っても過言ではありません。 こうした状況の中で、精神疾患を患った方たちにとって、家族や友人、職場の同僚などの援助者のかかわりは、地域の中での治療と社会復帰を目指す上で、もっとも身近で重要なものといえましょう。一方、長い忍耐を要する回復過程を共にする家族や援助者の負担には、言い知れないものがあります。家族が、障害からの回復に向けて手を差し伸べやすい国民性は、精神保健にとってかけがえの無い財産です。日々の臨床の中で、私たち精神保健の専門家は、身近に居ながら手をこまねいていないで、もっと積極的に治療に参加したいというご家族の思いをひしひしと感じることがあります。専門家として、いつもいつもご本人の傍らにいられるわけでもありませんし、それが本来の姿でもないと思います。身近な人間が、必要以上の負担を感じずに、科学的で合理的な援助をするにはどうしたらいいのかという問いは、私たちにとって非常に重要な課題なのです。 本書を通じて、身近にいる家族や援助者が、そのご本人に専門的で有用な治療や援助の技術を提供できるようになってくださることが私達の目標のひとつです。家族や読者のみなさん全員に、精神保健ボランティアになって頂こうというのではありません。みなさんのごく身近、目の前にいる当事者のために、その一人のための治療や回復援助のエキスパートになって欲しいと願うのです。さらに治療や障害に対する家族の側の認識を治療スタッフが正確に把握し、これに基づいた家族への治療や援助が可能となることも期待しています。 ここでごく簡単に、本書を通じてその裏付けとなっている科学的根拠についてご説明したいと思います。ここでは精神疾患の中でも代表的なものである統合失調症を例にとります。 図1:脆弱性ストレスモデル これまで進められてきた多くの研究結果は、ここに示した分裂病の再発モデルとして広く受け入れられている脆弱性−ストレスモデルにのっとって解釈されており、分裂病に対する治療的あるいは医学的リハビリテーションの視点から、生物学的脆弱性を補い心理環境面のストレスに対処する為の適切なアプローチを包括的に実施することの重要性が強調されています。(詳しくは成書をご参照ください。)そこで生物学的脆弱性を補完するための最適な薬物療法と、ストレスに対処できる技能の両者の適切な組み合わせこそ、精神障害の再発予防や障害からの回復に重要なのです。 1980年代以降、統合失調症に対する心理社会的介入の有効性については、Falloonらの研究をはじめ様々な類似の検討がなされ、欧米を中心に継続的な認知行動療法的家族介入が再発防止に有効であるとの報告が多数なされています。図2に示されているように、家族介入を行った群の方が明らかに再発率が低いことが証明されています。 図2:Falloon, Leffほかの対照研究グラフ 図3:Falloon 4群のグラフ さらに図3に示すように、Falloonらは二重盲験法による比較研究で、本人中心よりも援助者中心のストレスマネージメントが統合失調症の再発防止により有効であることを示し、当事者を含めた家族単位での包括的な認知行動療法的家族介入を提案しました。 統合失調症はじめとする精神疾患のリハビリテーションにあたっては、以上の知見をふまえて、種々の治療手段が統合的かつ包括的に提供されることが重要であり、それによって最も効果的かつ効率の良い治療の組み合わせにより再発率を抑えられる包括的な治療が可能になってきています。本書が、そうしたアプローチの中で少しでもお役に立てば望外の喜びです。 本書の使い方: 本書の各章は、それぞれが読者の便宜にかなうように、いくつかの工夫がなされています。 特に、その文体において、ひとつの章の中でも主語が変わることがあります。本文中の主語は、ときにはみなさんであったり、患者さんであったり、ご家族や援助者であったりするという意味です。これは一見統一性を欠いていますが、本書はもとより不特定の読者に精神疾患を説明するためのものではなく、あくまでも、精神障害をお持ちのご本人とそのご家族、あるいは、家族介入・援助を試みる精神保健従事者に向けて書かれたものです。従って、読者の誰もが、精神障害に関してある程度の関わりを持ち、日々治療に専念されていたり実際に回復の援助をしている方々を対象としています。もちろん理想的には、本書で示すような治療技法について専門的なトレーニングを受けた医師、保健師、看護師、PSW、臨床心理士、スクールカウンセラー、精神保健ボランティアなどの精神保健分野の専門家の解説を受けながら読み進め、それぞれの技能の練習を進めていくことが望まれます。しかし治療環境というものは実に様々であり、必ずしも手近に適切な治療者やリーダーがいない状況も考えられます。従って、各章を、ご本人や家族だけで読み進めても、ある程度精神障害に関する知識を持っていれば本書に沿って練習し、実施することで、効果を上げられるはずです。そのため、各章の主題にもっともそぐうように文体も選んだつもりです。本書の使用に際しては、まず各章の冒頭にある要旨をお読みいただき、その後に、各自の立場で読み替えながら進めて頂きたいと思います。各章はそれぞれ独立した章として書かれていますので、どの章からでも読み始めたり、介入や援助の際に使用することができるようになっています。ご家族内で使う際には、まず第1章を一読してから、次に他の章の<本章の要旨>を通読され、一番興味を持った章からできれば家族全員が集まって少しずつはじめて下さい。技能を身に付けることは大事ですが、成果にとらわれ過ぎず、お互いの努力を褒めあうような温かい雰囲気で練習してください。 本書の中では各精神疾患の特徴について詳しく説明することはしていません。疾患に関する正しい知識を身につけることは、治療や障害を克服する上で非常に重要なことです。近年優れた解説書が出版されていますので併せて参照してください。 なお本書内で示す様々な治療技法には、統合失調症以外においても十分応用可能なものもあり、筆者らは、アルコール依存症や家庭内暴力の相談、摂食障害にも用いています。 精神保健福祉領域の専門家の方々へ: 地域における包括的治療アプローチを試みているOptimal Treatment Project(OTP)の基本原理は、統合失調症の再発モデルとして広く受け入れられている脆弱性ストレスモデルに沿っており、統合失調症に対する治療的あるいは医学的リハビリテーションの視点から、生物学的脆弱性を補い心理環境面のストレスに対処する為の適切なアプローチを包括的に実施することをめざしています。ここでは表に示した7項目の基本骨格に沿ってOTPの骨子を簡単に解説します。 地域における包括的アプローチの利点と欠点をひとつづつ挙げるとすれば、最大の利点はそれぞれの状況に応じニーズにみあった個別的なアプローチが可能である点、欠点は、一見コストと労力が非常に大きそうにみえることでしょう。個別のニーズにぴったり当てはまる介入を行うには、まず、患者・家族双方についての生物医学的・心理社会的両面からの持続的なアセスメントが重要になります。OTPでは、これには、BPRSの他、OTPで独自に開発したCommunity Health Record、精神症状評価尺度であるCPS-50(Current Psychiatric Status-50)などを用いています。Community Health Recordはイギリスのバッキンガム州における地域介入プログラムで実際に使用されている記録用紙を改変したものです。3ヶ月毎にこれらの評価を繰り返して、その結果を介入プログラムにフィードバックして、各症例の特性に応じてプログラムの維持に役立てています。しかしこれらはいずれも専門家向けで、現状では家族が臨床に供しうる簡便かつ合理的なアセスメントはなかなか見あたりませんので、本書には掲載しませんでした。今後できるだけ早い時期に、何らかの形で本書の続編としてご紹介したいと思っています。 2番目にあるように、薬物の副作用に関しても半構造化面接を用いてアセスメントし、できる限り総処方量を削減し、理想的用量の向精神薬の処方が可能となるようにしています。3番目の患者や家族に対しての心理教育は、OTP導入の冒頭に数セッションかけて行われますが、必要に応じて適宜繰り返されます。この際一方的な知識の提供ではなく、充分に精神療法的配慮を添えることは言うまでもありません。本書ではあえて知識的説明には触れていませんが、近年多数の優れた成書がありますので、ご参照ください。更に前述のような心理環境的ストレスを減弱し、本人と家族に訓練することにより、家族内で日常的に問題となるような緊張や葛藤を処理していく方法を習得させることを目指しています。また5番目として本人と家族や同僚を含めた当事者が生活している現場でいわゆる生活技能訓練(SST)を行い、生活障害を補っていきます。当事者のグループではなく、家族単位で行うことが特徴です。この他、6番目に挙げているように個別の問題に対して、「アクティヴリスニング」(第6章)「自分の気持ちを上手に伝えよう」(第8章)「日常生活記録表」(第XXX章)などの種々のモジュールを用いて行動面の修正を図り、家族全体の対処技能の向上を目指します。実際の家族セッションでは、これらの包括的な介入を、個々のニーズに最適な形で支持的に展開します。7番目にあるように、治療チームは、各症例に対して医師・看護師、PSW、臨床心理士など多職種から構成されることが理想的で、この際、各セッションのテーマやその技法に対して、より知識を持ちかつ習熟したスタッフを配置し、セッションの効果を高めるようにします。また複数の専門職が関わることで、ケースのより客観的・多面的なアセスメントが可能となり、各スタッフの負担感を減らすことができます。 さらに治療セッションを実施する中で、家族員の誰かを、その家族特有の専門的”治療・援助者”に育て上げていくという過程は、このアプローチの最重要点のひとつであり、この為治療者の直接的介入は最低限に抑えています。障害や治療に対する家族の側の認識をスタッフが把握し、これに基づいた家族への治療的介入が可能となり、最終的には家族が治療者の一員として機能することが期待できます。毎回のセッションは、お互いの努力を誉めあうようなできるだけ受容的な雰囲気の位の間隔で実施するかなどといった極めて具体的な問題だと思います。この点を簡潔に書き記すことは容易ではありませんが、ここで重要なことはこまめなアセスメントであり、症状の把握にとどまらず、家族が習得できた技法と未習得なものを区別し、くり返していくことです。私たちがOTPで本書を用いて行っている家族介入の実際の流れなどにつきましては、拙著論文*1やファルーン教授の訳書*2などをご参照頂ければ幸いです。 本書は精神障害、中でも主に統合失調症のご本人やそのご家族、ならびにその治療にあたっている精神保険従事者を念頭において書いたものです。しかしながら本書内で示す様々な治療技法は、統合失調症以外の精神的な様々な問題においても十分応用可能なものです。実際に著者らは、一部の章を、アルコール依存症や家庭内暴力、摂食障害のケースに応用しています。本書が、読者の日常臨床の中で、少しでもお役に立てば望外の喜びです。 2000年1月 著者を代表して *1 水野雅文、村上雅昭、三浦裕太ほか:地域における包括的サポートプログラムOptimal Treatment Project(OTP)による精神分裂病のリハビリテーションについて 臨床精神医学28(8):1033-1041,1999 *2 ファルーン、ファッデン著 水野雅文、丸山晋、村上雅昭ほか監訳 インテグレイテッドメンタルヘルスケア 中央法規出版 1997 |